群馬県前橋市を拠点に、学生と地域が協働しながら新しい学びと実践を生み出している Code for Gunma。テクノロジーが日常に自然と溶け込み、人と人とのつながりを支える。そんな社会の実現を目指して活動しています。
今回は理事の神保良弘さんに、立ち上げの背景から現在進行中の取り組み、そして今後の展望までお話を伺いました。
—— Code for Gunma を立ち上げた背景を教えてください。
東京でIT企業に勤めていた頃から、地元・群馬でデジタル人材の育成に関わりたいと考えていました。でも実際に戻ってみると、「あれ? 思った以上に学ぶ環境が整っていないな」と感じる場面がいくつかありました。
ひとつは、テック系の勉強会がほとんどないこと。東京では日常的に開かれている勉強会や、エンジニア同士が集まる場が、群馬では限られていました。もうひとつは、地方の大学生が抱える情報格差です。キャリアを考えたり実践したりする機会が少なく、就職活動のスタートもどうしても遅れがちのようでした。
社会に出る前に、ITリテラシーを高めたり、エンジニアという職業を意識したりする機会は、大学時代に持つのが理想です。学生が経験を積みながら学べる環境や、地域のエンジニアが気軽に交流できる場を、群馬にも作りたいと考えました。
そこで、信州大学、群馬大学で一緒に仕事をしていた浅尾教授と、桐生で活動しているAIエンジニアの梅津さんに声をかけ、元クライムの金井社長にも協力頂き、活動を休止していた Code for Gunma を再始動させることにしたんです。県としてもデジタル人材育成に力を入れており、産官学から多様なメンバーに協力を得ることができました。教育機関の関係者にも理事として加わっていただき、学生とのつながりを活かしながら、地域のエンジニアや企業がカジュアルに参加できるコミュニティを目指しています。
—— 実際には、どのような活動をしているのでしょうか?
学生と社会人エンジニアが協力して進める勉強会やハッカソンを開催しているほか、地域に根ざした実践的なプロジェクトにも取り組んでいます。
中でも面白いのが「駄菓子屋プロジェクト」です。駄菓子屋って、一見テクノロジーとは遠い存在ですよね。でも、テクノロジーを活用してビジネスモデルを変えれば、実はこれも立派なDXのプロジェクトなんです。DXとかイノベーションハブと言うと少し敷居が高く感じられますが、「駄菓子屋」という身近な題材を通して、学生たちに「イノベーションを自分たちの手で起こしてみないか」と呼びかけています。
いま学生たちは、駄菓子屋の空き店舗を活用してPOSシステムの開発やデータの可視化を進めています。現在2台のPOSを開発中で、取得したデータをダッシュボードで可視化し、オープンデータとして公開する計画もあります。プロジェクトの広報や企画も学生が担当し、駄菓子屋を訪れる子どもたちはお菓子を買うだけでなく、プログラミングやデジタル工作も体験できます。最近は「駄菓子屋に就職したい」という学生まで出てきました。
ほかにも「街中マップ」プロジェクトも進行中です。営業時間が載っていても実際には休業している店舗など、大手サイトでは分からないリアルな情報を、地域の人たちが足で集めて共有する取り組みです。地域の人たちが自ら情報を登録できる仕組みをつくり、魅力を可視化しています。
前橋ではめぶくIDというセキュアなデジタルIDも開発しており、色々な仕組みの中で活用できないかも考えています。
—— 活動を支える思想について教えてください。
私たちは「響き合い、そして創造。」をビジョンに掲げています。これには、地域の人、学生、社会人エンジニアなど、立場の違う人たちが協力しながら進んでいきたいという思いを込めています。
一方的に教える・教わるという関係ではなく、お互いに学び合うことが大事だと思っています。若い世代は情報アクセスが早いので、私たちのような世代が教わる場面も増えています。一方で、「この町はこうしてできた」という歴史や背景は、地域に根ざして暮らしてきた世代だからこそ伝えられる。そんな対等な関係の中から学び合いが生まれると考えています。
また、ミッションにある「元の課題」とは、地域に根ざした本来の課題のことを指しています。例えば、鍵を開けるという行為ひとつ取っても、ITリテラシーが高ければ自動で開く仕組みを知っていますが、それを知らない人は手作業で管理し続けます。これはひとつの「元々あった課題」と言えるかもしれません。
ただし、それが地域の文化として「鍵をきちんと管理すること」が大切にされているなら、無理に変える必要はありません。便利さを追うだけでなく、人とのつながりを生む温かさや手触りのような価値がある場合は、その良さをきちんと残していきたい。デジタル化によって本来の良さが損なわれないよう、地域の文脈を理解しながら適切な解決策を探ることを大切にしています。
—— 組織としては、どのような運営をしているのでしょうか?
Code for Gunmaでは、一からすべてを立ち上げるのではなく、関わるメンバーがそれぞれの現場で進めている取り組みを発信する形をとっています。
拠点のひとつとして「GITY(ギティ)」というコミュニティサロンがあります。これは、もともと学生が自由に使える場所として私の会社で運営してきた場で、今も多くの学生が登録しています。こうした既存の場を活かしながら、無理のない運営を続けています。
団体としてすべてを抱え込もうとすると、資金や人材の負担が大きくなってしまうんですよね。すでに動いているプロジェクトをゆるやかにつなぎ、Code for Gunmaという旗のもとで発信することで「群馬でもこんな面白いことが起きているんだよ」と感じてもらえるようにしたい。そうした期待や空気感が、次のアクションや連携につながっていくと考えています。
—— 最終的に目指している世界について教えてください。
最終的には、イベントを開催しなくても、地域の人たちが日常の中で課題を見つけ、話し合い、解決していける社会になることを目指しています。
「地域の課題を解決しよう」と声高に言っているうちは、まだ道半ばだと思っています。街を歩きながら「あのお店、いつ営業しているか分からないよね」「Webで確認できるようにしたら面白くない?」「APIと連動させたらどうだろう」といったカジュアルな会話の中から、解決策が生まれていく。道端に転がっているような、見過ごされがちな課題を自然と発見し、解決する。そんな日常が当たり前になることを目指しています。
正直なところ、勉強会やハッカソンは通過点だと思っていまして……。水曜の夜8時から1時間というように、決まった枠でやるスタイルは、あまり好きじゃないんですよね(笑)。本来は「新しい技術が出たから集まってやろう」と自然に声が上がるような関係性が理想です。
その実現のためには、外部のコンサルタントに頼るのではなく、地域の人たち自身が課題に気づき、解決していく力を持つことが欠かせません。そこで鍵になるのが、やはり「世代を超えた学び合い」。情報アクセスに長けた若い世代と、地域の歴史や文化を知る世代が対等に関わることで、お互いのリテラシーが高まり、視野も広がります。
呼吸をするように、日々の中で創造的な活動が自然に生まれている。これこそが、「響き合い、そして創造」という言葉に込めた世界観であり、私たちが目指す未来の風景です。
—— まさに理想とすべきシビックテックのかたちですね。今後の展望を教えてください。
まずはエンジニアの勉強会をもっと活性化させたいですね。さまざまな企業や地域のIT企業のエンジニアとの協働の話も進んでいますし、仲間を増やしながらできることを広げていきたいです。駄菓子屋プロジェクトも、群馬だけでなく全国にも広げたい。各地域の大学やブリゲード団体など、横でつながりながらシビックテック全体を盛り上げていきたいと思っています。
ただ、無理はしないこと。即効性を求めて急ぐのではなく、長期的な視点で、負荷をかけずに続けられる形が大切だと考えています。
何より大事にしたいのは、運営する側も参加する側も、楽しみながら続けられることです。おじいちゃんやおばあちゃんが「ITはちょっと…」と言ったら、大学生や中高生が自然に手を差し伸べる。そんなふうに世代を超えて助け合いながら、テクノロジーが自然に暮らしの中にある。そんな社会を、ここ群馬から広げていきたいと思っています。


