「担当が変わるたびに、せっかく積み上げてきた知識がリセットされてしまう」——行政組織におけるこの課題に共感が集まる中、Code for Japanの新たな取り組みが動き出しました。
先日、公共ナレッジエンジニアリング開発室(通称:公共ナレッジ) のプレキックオフイベントをオンラインで開催しました。イベントには全国の自治体・団体から52名の方々にご参加いただきました。
公共ナレッジエンジニアリング開発室とは
まず、本取り組みをリードするCode for Japanの砂川から、プログラムの背景をご説明しました。
日本の行政が抱える構造的な課題として、異動・退職のたびに組織の知識とノウハウが断絶してしまいがちという問題があります。内示から着任までの期間は短く、マニュアルがあっても「なぜこうやっているのか」という文脈はなかなか引き継がれません。職員数が減少していく中では、正規職員よりも委託先や会計年度任用職員の方が現場に詳しい、という逆転現象も生まれています。
AIの普及が進む一方で、「ガイドラインを作ってライセンスを配っても、使いこなせる職員とそうでない職員に分かれてしまう」という悩みも多く寄せられています。その根本的な原因として砂川が指摘したのが、AIが参照すべきデータやナレッジが組織の中で整備されていないという点でした。
そこで公共ナレッジが目指すのは、「ナレッジエンジニアリング」という考え方の実践です。紙のマニュアルに書き起こして引き継ぐのではなく、構造化されたデータとしてAIが活用できる形で組織の知識を蓄積・管理していく——この仕組みと文化を、複数の自治体が横断的に学び合いながら作っていこうというのが、この取り組みの軸となっています。
AIを使いこなせない本当の理由は、AIの能力ではなく、AIに渡すべき文脈の準備ができていないことにあります。AIは魔法ではなく、使う前の準備が大切なのです。(砂川)
事例紹介:佐賀市DX推進課の取り組み
今回のハイライトは、佐賀市DX推進課の福田さん、内田さん、山岡さんによる事例発表でした。「AIと働く佐賀市のミライへ」をテーマに、仕組み作りのロードマップから実際の活用事例まで、具体的な取り組みが共有されました。
① 組織としてAIを使いこなすための仕組み作り(福田さん)
佐賀市では、令和7年度に有料版のChatGPTを全庁に導入しました。目的は「まずは使って体感する」こと。導入後のアンケートでは、回答者582名のうち約6割が利用し、利用者の96%が効果を実感したという結果が出ています。活用内容は文書作成、アイデア出し、情報検索が上位でした。
令和8年度は「個人活用から組織活動へ」をテーマに、4つのステージを設定しました。キックオフ→プロンプトのコツを習得して成功体験を積む→AIエージェントを活用して部署の業務へ反映→政策立案・EBPMへ、というステップアップの道筋です。
また、庁内での横展開を加速するために、任意の集まりとしての「生成AI筋トレ部」の発足や、プロンプトテンプレート集の整備、Google AI(GeminiやNotebookLMなど)の試験導入も進めています。
庁内研修については、活用シーンごとに10分程度の動画を7回シリーズで制作。第1回の「議事録・要約の作成」から第7回の「やさしい日本語への書き換え」まで、職員が自由な時間に何度でも視聴できる形にしています。この研修動画の制作自体もAIを活用。GeminiのCanvas機能でスライドを作成し、VoiceVox(クレジット表示で無料のテキスト読み上げソフト)で音声を生成し、PowerPointで動画に仕上げる——この方法をAIに教えてもらいながら完成させたそうです。
AIを使ったことがない職員でも成功体験を持てるよう、ヒントを提供し、日頃から使う人を増やすことを目指しています。(福田さん)
② スーパーアプリ×AIで「行政DXの調達の壁」を突破(内田さん)
内田さんが紹介したのは、AIを活用し、コストを抑え、短期間でミニアプリを内製したという話でした。
佐賀市では公式スーパーアプリを展開しており(月間利用回数は佐賀市民の3分の1)、このアプリに新機能を追加するにはベンダーへの発注が必要で、通常は数ヶ月と数百万円がかかります。そこで話があったのが「1ヶ月後のイベントに合わせて、有明海干潟の渡り鳥観察に役立つミニアプリを作ってほしい」というオーダーでした。
内田さんはGeminiの力を借りて少しずつWebサイトをベンダー発注並みのUI・UXへ引き上げていきました。GeminiのCanvas機能を使い、「住民が見やすいものを一緒に考えて」という根本的な相談からスタート。繰り返し対話しながらデザインを磨き、GoogleスプレッドシートとGoogleサイトを連携させてリアルタイムで潮汐情報が更新される仕組みを実現。プログラミング知識がゼロの状態からトータル5日ほどで完成させました。
最大の成果はコスト削減ではなく、職員に生まれたオーナーシップです。受け身から、自分たちの手で作れる創造者へ——これが佐賀市が目指す行政DXです。(内田さん)
③ 非エンジニアがn8nで業務を自動化した舞台裏(山岡さん)
山岡さんは「非エンジニア職員でもできた、n8n(エヌエイトエヌ)とAIによる業務自動化」について話してくださいました。
スーパーアプリのイベントカレンダーに掲載するイベント情報の収集は、Webサイトを開いて手動でExcelに転記する繰り返し作業で、サイトごとに日付形式が異なるため修正も必要——地味に負担の大きい業務でした。
そこで「n8n」というローコードのAI自動化ツールで業務を効率化しています。アイコン(ノード)を線で繋ぐだけで処理フローを作れるため、プログラミング知識がなくてもパズルやレゴブロックを組み立てるように自動化システムを構築できます。
山岡さんがとった方法はシンプルで、「全部AIに聞いて進める」というものでした。最初に状況とやりたいことを伝え、「あなたは一流のn8n専門家であり、素人にわかりやすく教えられる講師です」という役割を与えた上で、エラーが出るたびに「なぜこのエラーになったのか?対策を教えて」と繰り返し質問。業務自動化システムを完成させました。
振り返りとして山岡さんが大切にしたことは3つ。100点を目指さない、AIを使い倒す、失敗を恐れない。この姿勢が、非エンジニアの職員が業務自動化を実現させた鍵だったようです。現在は人事課の通勤距離確認業務(数百件)の自動化にも取り組みを広げています。
全国から集まった「切実な声」と「希望の声」
イベントの最後、沖縄県のある自治体の方から発言がありました。
小規模自治体で、2040年を待たずに、今やもう手遅れ状態というくらい大変なところです。こういうAI活用で何とか切り抜けたいと思っています。
人口減少が特に深刻な地域の現場の切実さが、会場全体に静かな共感をもって受け止められた瞬間でした。
一方で、佐賀市で伴走支援を行うCode for Japanの榊原からは、以下のようなメッセージがありました。
AIをフル活用できるようになったとき、自治体職員の働き方が憧れの職業の一つになっていることを目指してほしい。疲弊している自治体職員ではなく、まちを良くするためにアウトリーチしながら、プロフェッショナルな知見を持って働いている。そんな姿を描きたい。
また、Code for Japanの野田からは「AIの猛烈な進化についていけない、と感じている職員に寄り添える場にしたい」という言葉もありました。技術的に先進的な取り組みを知りたい人にも、はじめの一歩を踏み出したい人にも、この場が開かれていることが伝わったのではないでしょうか。
今後の活動内容(仮)
公共ナレッジエンジニアリング開発室は来月4月の正式キックオフを経て、毎月1回ペースでの勉強会を予定しています。
| 時期 | テーマ(予定) |
|---|---|
| 4月 | 正式キックオフ、自治体におけるAI活用の全体像、暗黙知の定義とアプローチ |
| 5月 | AI活用と働き方(Google Workspaceを用いた新しい働き方) |
| 6月 | AIワークフローの作り方 |
| 7月 | 予算の作り方・調達プロセスのリアル |
公共ナレッジエンジニアリング開発室の参加者からの「こんなテーマを話したい」「こんなことを聞きたい」というリクエストを踏まえながら、今後のテーマも検討していきます。参加団体の一次募集は締め切らせていただきましたが、今後の展開については活動報告にて随時発信していきます。追加募集の可能性もありますので、ぜひフォローをお願いします!


