先日、公共ナレッジエンジニアリング開発室(通称:公共ナレッジ) のキックオフイベントをオンラインで開催しました。前回のプレキックオフイベントに引き続き、全国から30名の自治体・団体の皆様にご参加いただきました。本レポートでは、当日の発表内容やディスカッションの様子をお届けします。
暗黙知言語化へのアプローチ:核心は「つながりの理解」
最初にCode for Japan(以下「CfJ」)の砂川から、公共ナレッジの取組の前提となる「暗黙知の言語化」へのアプローチについて説明しました。
問題意識
自治体の業務では、4月の人事異動のたびに引き継ぎが発生しますが、その際マニュアルや箇条書きだけでは、新任職員が戦力化するまでに時間がかかるという問題があります。これは職員個人の能力の問題ではなく、組織としての知識の持ち方に起因する構造的問題であると説明されました。
業務に精通している職員が持っているのは「つながりの理解」
そこで、その業務に精通している職員が持つ知見に着目しました。CfJが立てた仮説は、彼らが知っているのは手順だけでなく「自分の担当業務が、周囲のどの制度とつながっているか」という構造的知識だというものです。例えば住民異動届の受付は単体で完結せず、税・国保・児童手当など複数の制度に連鎖します。業務に精通している職員はこの連鎖を経験則で知っていますが、新任の職員にはその波及先が見えません。
そこで、砂川は暗黙知を4つの種類に整理しました。具体的には、身体的知識(窓口での空気の読み方)、手続きの知識(このタイミングで出すと良い等)、例外の知識(この条件なら別ルートが住民のためになる等)、そして構造の知識(この制度とあの制度はここでつながっている)です。
CfJが特に重視しているのは最後の「構造の知識」であり、これは数多くの事例にあたる中で経験則として内面化されるため、言語化が困難であるということが示されました。
CfJの仮説:暗黙知の核心は「つながりの理解」
目指すナレッジベースの設計
CfJが公共財として目指すものについて、単なる業務フロー集ではなく、業務フロー・事例・つながりをセットで記録するナレッジベースを構想していると説明がありました。整理の切り口はさまざま考えられますが、現時点では、以下の四つの視点から試していく方向性です。住民視点(ライフイベントごとの業務連鎖)、担当者視点(バックオフィスジャーニー)、インシデント視点(支援が断絶し得るポイント)、時間軸・外部連携の視点(議会・予算・人事の流れと業務の対応)です。
運用のモデルは、全国共通の標準ナレッジベースを「ひな形」として管理し、各自治体がそこから自分たちの文脈に合わせた独自版を作成・カスタマイズしていく方式を想定していることが示されました。法改正があれば大元を更新し、各自治体の個別対応がフィードバックとして還流する仕組みです。「自治体が競争すべき領域ではない」という発想のもと、オープンに共有できる公共財として位置づけていることが共有されました。
暗黙知の引き出し方についても、従来の「今どうやってるか」「なぜそうしているか」という聞き方に加えて、「それをしなかったら何が起きるか」「他部署で困るのはどこか」「新人はどこでつまずくか」という問いが有効といった指摘が紹介されました。AI活用については、AIインタビューアプリとナレッジベースを接続し、AIとの対話で業務フローを可視化する構想を進めていますが、実装設計はまだ途上にあることが示されました。
参加型ディスカッション:自治体のAI活用とコミュニティの関心領域
イベントの後半では、Slido(リアルタイムなアンケートや質疑応答を可能にする、双方向コミュニケーション・プラットフォーム)を用いた参加型ディスカッションを行いました。3つのテーマについて、参加者の皆様と活発な意見交換が行われました。
参加型ディスカッションの様子
Q1. 庁内向けと庁外向け、どちらの優先順位が高い?その理由は?
*AI活用について、庁内向けの活用(組織内部の業務効率化に向けた活用など)と、庁外向けの活用(住民サービスの利便性向上に向けた活用など)どちらの優先順位が高いと考えているか参加者の皆様に意見を出していただきました。
(回答)
- 業務改善の面では庁内(組織内)向け。 ただ、それだけだとユーザーが離れる。ユーザーが本当に知りたいことを即座に教えたり手続きできたりしないと、情報サイトの運営の意味がなくなる。
- 庁内向けの方が高いかと思ってます。まずは、職員の負荷を減らさないと、新しいことを考える余白が生まれないからです。
圧倒的に「庁内向け(効率化)」を優先するという声が多数を占めました。ハルシネーション(AIの嘘)による市民への誤案内リスクなどを考慮すると、まずは庁内で活用を進めるのが現実的といった認識があると考えられます。
ある自治体からは、庁外向けのAIチャットボットを実験したものの、まずはホームページ自体の改善を優先すべきとの結論に至り、現在は庁内向けのAI活用に注力しているという貴重な実証結果の共有がありました。
Q2. 6つのAI活用ステージ、2026年度にどこまで到達したいと考えますか?
*自治体内部におけるAIの活用状況について、「Stage 0(気づかず使っているAI)」「Stage1(チャットで質問するAI)」「Stage2(庁内文書を読み込ませるAI)」「Stage3(自動で複数作業をこなすAI)」「Stage4(プログラムを書くAI)」「Stage5(自分でパソコンを操作するAI)」「Stage 6(庁内サーバに置くAI)」の6段階に分類した上で2026年度にどこまで到達したいか参加者の皆様に意見を出していただきました。
(回答)
- Stage 2。マニュアルや自治体様式を読み込んで学習できると業務スピードが上がりそう。
- 全体としてはStage 2 に至り、財務や会計、文書や旅費、福利厚生などについて全庁がRAGとして参照できる環境を整えました。まずは全職員がこの段階に至れるよう今年度は進めたいですが、当課内の検証としてはGemmaなどを使ってローカルで3を試せないかと考えています。
結果はStage2の回答が最多となりました。今年度は、このStage 1からStage 2へのステップアップを目指すという声が多くあったほか、まずはStage1に全庁的に取り組んでいきたいといった声もありました。一方で、Stage2からStage3への移行は、現状ハードルが高いと感じているといった声も多くありました。
また、実例としてローカルLLMを使った小規模実証など、先進的な試行事例も共有されました。
現時点のAI活用状況
AI活用フェーズ別:検討すべき論点
Q3. 暗黙知をナレッジベースにするとしたら、どの知識から進めたいか?
*CfJで4種類に整理した暗黙知(「身体的な知識」「手続きの知識」「例外の知識」「構造の知識」)やその他に心当たりのある暗黙知についてナレッジベースにする(形式知化する)としたら、どの知識から進めたいか参加者の皆様に意見を出していただきました。
(回答)
- 問い合わせがあったものを蓄積して、構造化して、優先順位付けしていくことも必要ではないかと感じます。
- 転入ひとつにしても関連する事項や部署、手続きの流れを可視化できていない。自治体間での差は独自施策くらいだと思うので、まずその大河を細部まで可視化できたらと思う。
参加者の皆様からは、「人間関係(誰が詳しいか)」「落とし穴・失敗集」「例外処理の判断基準」など、現場のリアルな課題に基づく意見がさまざま寄せられました。
また、ディスカッションの中で、「形式知化できていると思っていたマニュアルをAIに読み込ませたところ、行間が埋まっていないことに気づいた」という示唆的な発言がありました。これは、暗黙知のナレッジ化だけでなく、既存の形式知の品質検証もAIが担えるという可能性を示しています。
まとめ
今回のイベントでは、まずCfJからの発表を通じて、自治体が共通して抱える暗黙知の課題に「業務のつながりの構造」という共通言語が生まれました。その上で、参加型ディスカッションを行ったことで、各自治体のAI活用の現在地も可視化され、個別自治体の取り組み事例なども共有されたことで、暗黙知言語化へのアプローチについて参加者全体の解像度が大きく上がったキックオフとなりました。
イベント参加者の声(アンケートより抜粋)
- 暗黙知の核心は「つながりの理解」にあるというのがとても腑に落ちました。「こういう場合はこうする」というのは、単なる手順のように見えて構造の知識がなければ作業はできても理解までは至らないと思います。なぜそのような構造・つながりになっているのかという知識・理解を明らかにすることが暗黙知を言語化する鍵なのだと考えました。
- 例外に対する知識が暗黙知になっていることに共感。言語化、共有できる仕組みのイメージがまだ湧いていないが、今後一緒に勉強していきたい。
- (参加型ディスカッションについて)AIの活用を内部利用から考えておられることに共感しました。まずは職員が慣れて、市民に広げて行く方法を考えたいと思います。
今後の活動予定
公共ナレッジエンジニアリング開発室では、今後、毎月1回ペースでの勉強会を予定しています。
| 時期 | テーマ(予定) |
|---|---|
| 5月15日(金) 15:00〜16:30 | AI-readyな自治体の働き方(Google Workspace活用) |
| 6月19日(金) 時間未定 | AIワークフロー構築とナレッジ基盤 |
参加者からの「こんなテーマを話したい」「こんなことを聞きたい」というリクエストを踏まえながら、今後のテーマも検討していきます。参加団体は締め切らせていただきましたが、今後の展開や活動状況については、随時、当ホームページで発信していきますので、ぜひチェックしてください!
